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プロローグ

なんてこった・・・ 彼女に、ふられた。
しかも卒業の為の一番厄介なカリキュラム、「長期現場実習」の直前にだ・・・
実習へのモチベーション、ガタ落ちだ。
俺は今、介護福祉大学の四年生で、卒業を半年後に控えている。
介護の学校には必ず、「現場実習」という必修科目がある。その名の通り、実際に介護の現場を体験することで、より実践的な知識や技術を習得する。卒業までに三回の実習があって、今回は三回目、最後の実習だった。 そもそも俺は、初めから介護に特に深い思い入れがあってこの大学に入った訳じゃなかった。そりゃ、全く興味が無かったわけじゃなかったが、概ねは世間が「これからは介護が重要な産業になる」などと盛んに言うもんだから、この就職難の時代に、介護の資格の一つでも取っておけば何かと不便はないんじゃないかと感じて、ほとんど衝動的に選んだ。
しかし、そんな俺とは違い、彼女には、介護への深い思い入れがあった。だから俺は、そんな彼女の手前、介護の勉強に情熱的であるよう振舞っていたんだ。
ふられた原因は、いつもの会話が発端だった。
長期実習を直前に控え、始まれば毎日の日誌や課題がいっぱいで会うことも出来ないから、その前の大事なデートのはずだったのに、彼女がまた、熱心な「介護観」を語り始めやがった。正直俺は、これを聴かされるのが、大嫌いなんだ。
理屈っぽくて、押し付けがましくて、攻撃的で・・・
つい、苛立ちが口を吐いて、
「人間なんて、早く死んじまったほうが幸せなんだ。だいたいわざわざ大学まで入って介護福祉士なんかになったって、社会からは安い給料で使い捨てられて、重労働で身体を壊して終わりだ。介護福祉士なんて所詮、使い捨ての3K労働者だ」
そう本音が出たら、激怒しやがった。
喧嘩はしょっちゅうだったけど、きっとタイミングが悪かったんだ。大学最後の重要な実習の直前で、気が立っていたからな・・・
『あなたとは、話もしたくない。別れる』
だけのメールから、もう五日、なんの連絡も無い。
更に電話着信拒否、メール受信拒否・・・
なのに容赦なく、明日から、憂鬱な長期現場実習が始まる。
俺にはもう、介護の実習なんて、どうでもいい・・・